パンをふんだ娘

永い時を経て、よみがえる記憶がある。私の場合、そのきっかけは「匂い」であることが多い。

しかし、ほんの数日前、何の前触れもなく、まったく唐突にそれがやってきた。ただ「ぱんをふんだむすめ」というフレーズが記憶の深みから浮上して、ハッとして、ああそうだ、そんな話があったっけ… 考え出すと、もう止まらない(笑) で、ご紹介したい。

アンデルセン作「パンをふんだ娘」 あらすじはこうだ。

ある村に、インゲルという美しい少女が住んでいた。インゲルは裕福な家庭へ奉公に出されたが、それは元から自分の美貌を鼻に掛けるところがあったインゲルの高慢な性格に拍車をかけることとなった。

ある日、インゲルは里帰りをすることになり、奉公先の夫人からお土産にパンを持たせられる。その帰り道、インゲルは雨上がりに出来たぬかるみの前で立ち止まる。そして、自分のドレスを汚したくないと思い、お土産のパンをぬかるみに放り投げ、パンの上に飛び乗った。ところが、その途端に、パンはぬかるみの底へインゲルを乗せたまま沈み、二度と浮かび上がることはなかった。

インゲルが慢心のために底無し沼へ沈んだ話は人々の間で語り草となり、その様子は、地獄に落ちたインゲルの耳にも伝わって来た。そして、インゲルの母が愚かな娘を持ったことを嘆きながら死の床に就いても、インゲルはたかがパン一切れのためにどうして自分が地獄へ落ちなければならないのかと、全く反省しなかった。

そんなある日、いつものように地上で底無し沼へ沈んだインゲルの話をしていた子供たちの中で、一人の少女がインゲルを憐れみ、神様にインゲルが天国へ行けるよう祈りを捧げる。その少女もやがて年を取り、死の床に就くが、幼い頃に聞いたインゲルの話を片時も忘れることはなく、インゲルの為に涙を流して天に召された。

その祈りは聞き届けられ、インゲルは灰色の小鳥に生まれ変わる。そして、インゲルはどんな小さなパン屑であっても粗末にせず、他の鳥に分け与えた。そして、灰色の小鳥が他の鳥に分け与えたパン屑の量が、あの時に踏んだパンと同じ量になった時に、インゲルの罪は許され、長い苦しみから解き放たれて、天国へ召されたのであった。(ウィキペディアより)


この話は、「人魚姫」や「みにくいあひるの子」のようなメジャー作品からは少し離れた、いわば二番手な作品だが、昔から和訳が出ていたということは、やはり優秀な物語として認知されていたのだろう。

ネットでは、NHKの影絵でこれを見てトラウマになったという意見が多かったが、私は小学校の図書室の本を読んだ。で、やはりトラウマになった(笑)

しかし、「ぱんをふんだむすめ」というフレーズが甦った時、ストーリー全部は思い出せなかった。どこを思い出したかというと、パンを踏んで底なし沼に沈む場面だけである。この童話が子どもにとってトラウマになるのは、おそらく、この場面のせいなのだ。

パンを踏む場面には、二重の驚きがあると思う。

ひとつは、もちろん、食べ物を足で踏みつけるという、人としてあり得ない行為に対する驚きである。もうひとつは、パンが持つ本来の食用価値以外にそのような使用価値?があるという、発想の意外性だ。

前者の驚愕が大きいのは言うまでもないが、その裏に後者の驚きも隠されているように思う。むかし『聖書』を読んだ時、マグダラのマリアだったかが、汚れたイエスの足を自分の髪で拭きあげたというのを読んでびっくりしたことがある。髪をそんなことに使うか!? 使えるのか!? そのような驚きに似ている。

しかも、この時のインゲルの心理状態は、確かに高慢ではあるけれど、ふつうの子どもも経験しかねない心理ではないか。人魚姫やアヒルのように設定そのものが自分とかけ離れた主人公ではなく、より感情移入しやすい対象になっているだけに、底なし沼に沈むインゲルが自分のことのようにショッキングなのだ。少なくとも、私の場合はそうだったように思う。

ストーリーの最後にはちゃんとカタルシスが用意されていて、心の平安を取り戻せるよう仕組まれているにもかかわらず、パンを踏む場面、そしてそのまま地獄へ沈む場面の衝撃の大きさを中和することには成功していない。アンデルセンには申し訳ないが、ラストは記憶に残らない。そのような理由で、この作品はメジャーから外れてしまったのかもしれないなあ、などと考えた。


コペンハーゲンの大通りに鎮座するアンデルセン(2005年撮影)







............................................................

井上桜子のサロンはこちら ヒーリングラボきらり
メニューは、レイキ講座やヒーリングの他、タロット占い・タロット講座も設けてあります。
メニュー・料金など
お近くの方、旅行中の方、お気軽にご予約ください。

............................................................

Copyright Healing lab Kilali.Inoue Sakurako All Rights Reserved.
※ 当サイト上の記事の無断転載・加工使用はご遠慮ください。